市民で復活させた大阪府下の花火3団体
佛願:じゃあまずは僕の方から。「りんくう花火実行委員会、実行委員長、一般社団法人ENJOYりんくう代表理事の佛願(ぶつがん)」です。通称、花火おじさんです。LINEも「花火おじさん」ですね。
倉垣:LINEも花火おじさん(笑)。あ、僕いいですか?「照らせ!ひがよど花火実行委員会実行委員長、倉垣(くらがき)」ですガッキーと呼んでください。よろしくお願いします。
井關:「水都くらわんか花火大会、代表の井關(いせき)」です。枚方では「花火兄さん」という……兄さんになれるのかな?自称、自称で(笑)。
佛願:俺も自称(笑)。皆さん今日はお疲れのところ集まっていただきありがとうございます。色々縁があり、「市民で復活させた花火団体」同士っていうところで。りんくう花火、(祭)ひがよど実行委員会?何て読むん?
倉垣:「(祭)ひがよど花火」、はい。
佛願:「ひがよど花火」の倉垣さん。そして、「くらわんか」の井關さんに色々話を深掘りしていけたらなと。
倉垣:【ひらがな友達】ですからね。
佛願:どういう意味?
倉垣:「りんくう」、「くらわんか」、「ひがよど」って、全部ひらがなで子供にもわかりやすいよね、みたいに思ってた(笑)。
全員:(笑)
佛願:ちょっと1点気になってるんだけど、「(祭)ひがよど実行委員会」っていう実行委員会の名前が「ひがよど祭り実行委員会」で、それが開催してるのが「ひがよど祭り」で……。
倉垣:ちょっと意味があるんです。規約でもそうなんですけど、僕ら実行委員会が行うのは「ひがよど祭り」だけじゃないんですよ。東淀川を盛り上げる活動だったり、魅力発信だったりとかをするっていうのが規約で。だから「東淀川祭りの実行委員」というよりは、「祭りを通じて東淀川を盛り上げる実行委員」という。
佛願:なるほどなるほど。
倉垣:……という(名前)なので、ちょっとややこしいんですけど。
佛願:ちょっと最初、ガッキーが噛んだんかなと思って(笑)。で、しかもその「(祭)」の「カッコ閉じる」を、全角か半角か(で迷う)……みたいな。
倉垣:あの株式会社の「(株)」みたいになってる、カッコ祭カッコ閉じ「(祭)」みたいなね!だから郵便局の通帳も、「(祭)実行委員会」になってて、初めて見たときは「株式会社みたいになってるぅ!」って思いましたよ。
佛願:祭り法人みたいな。
倉垣:祭り法人みたいになってます。
佛願:へえ、勉強になります。

自分たちで花火を上げることになったきっかけとは?
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市民の手で取り戻した花火大会の意義とは?
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行政ではなく自分たちでやろうと思った理由は?
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市民主体でやる花火大会は何が違いますか?
佛願:まずは、お題を何個か考えてきたんで。ジャン!「なぜ行政に頼らず自分たちで花火を上げるのか」。それぞれ理由は違うと思うんですけども。
倉垣:ああ、なるほどですね。
佛願:まず「りんくう」から。りんくうは……関西空港開港1周年記念っていうので、「つばさのまちフェスタ」っていうのが1番初めに始まったんですよね、もうこれが30年前。
井關:へえ。
佛願:その時は新聞社が初代の主催で、行政で関西空港周年でお祝いをしよう!みたいな感じでそれをやってました。で、最終的に10年ぐらい続いたのかな。泉佐野市・田尻町という湾岸部分のところの3箇所で同じ打ち上げ花火をして。
井關:何万人規模のな。うん。
佛願:枚方さん(くらわんか花火)はすごいんですけど。
井關:(笑)。
佛願:うちは湾岸道路だけですごい大渋滞になって。そんな盛り上がってる花火がありました。ただ、いろんな理由で行政とか財政難とかで中止になって。その後、泉佐野市が財政難で、市の名前を売るネーミングライツであったりだとか、その他も含めてたくさん暗いニュースばかりで嫌だった。育ってきた地元の市の名前が変わるのってやっぱりちょっと嫌やなっていうのが当時はあって。
井關:あー。
佛願:で、居酒屋で集まった時に誰かが「りんくう花火やってた時は良かったよね」っていう話から、「じゃありんくう花火復活させたら面白いんちゃうか」っていうので、そこから輪が広まり、やれるかどうかわからへんっていう夢をみんなで追い求めるというか、「市民の力で復活させようか」っていうのが元々のきっかけで、りんくう花火実行委員会が発足しました
倉垣:へぇ〜。
佛願:理由は、そんな感じですね。『自分たちの街を盛り上げよう』っていう、みんなそういう思いで、花火はあくまでもきっかけなんですよね。やっぱり花火は男の人でも女の人でもおじいちゃんおばあちゃん、子供、老若男女問わずみんなが楽しめる。花火にはそういう魅力がある、爆発的な集客力があるっていうとこで「じゃあ花火にしようか」っていう「手段」だったっていうこともあります。
井關:うん。
佛願:ただ、みんなはそうやったんですけど、僕はただ単に本当に花火が好きで(笑)。
倉垣:花火おじさんね、自分で言ってる(笑)。
佛願:元々、僕、花火大会いろんなとこへ行くのが好きで。1番初めに行ったのはPL(教祖祭PL花火芸術(富田林市))。忘れもしない、小学校4年生の時に、家族でみんなでフィナーレをゴルフ場の外(観覧会場)で見てて。あの光と音の凄さに「何かが落ちたんかな?」っていうあの恐怖と感動を覚えていて。
井關:おお!
佛願:それは小学校の時やったんですけども、次は高校とかになったら自分で電車に乗って見に行ったりだとか。PLはやっぱりすごいなって。当時は12万発とかですよね。
井關:このあいだちょうど、「PL花火大会を復活させたい」っていう人が相談に来たんですよ。もしかしたら近いうちに復活するかも。
佛願:うわあ!今はPL花火、色んな理由でお休みとしてますけども。で、そこで花火が好きになって。「PLよりすごいのがあるぞ、淀川の花火大会だ」って聞いて、「そんなわけないだろう」って見に行ったら「うおぉ、淀川すげえ!」ってなって。
倉垣:へえ〜(笑)!
佛願:そこから花火の魅力というか、やっぱりその、心掴まれる綺麗さ、で。全国とまでは言わないんですけども、色々花火を見て回っている時に、奥さんが友達から「泉佐野で花火を復活させようっていう活動をしてるんやけど、ちょっと手伝ってくれへん?」って話をされてて。
倉垣:はいはいはい!
佛願:僕は宅配会社のドライバーをしてるんで、自分もやりたいっていうのがあったんですけども、夏場は仕事が忙しいし無理やろって思って参加してなかったんです。で、みんなお金もないから立ち上げ段階ではそれぞれの家で会議やってて、うちの家でもするようになって。そのうち、「断る理由を探していた自分」に気づいて。何か手伝える方法はないかなって思って「ちょっとだけ」っていうのがきっかけで入って。それで第1回目を開催できて、自分たちで作り上げた花火が上がった時の感動が忘れられずに、今に至る感じですね。

倉垣:そういえば、行政との絡みって最初からあったんですか?なんかこの3団体の中で、りんくう花火が1番行政と組んでやってる感じはすごいするんですけど。
佛願:どうやったんかな。今、「共催」という形にはなってるんですけども。花火大会復活させようって言って、いろんなところにまず相談行くじゃないですか、お金、組織、ボランティア、警備……。やることいっぱいある中で、やっぱ信用を得なあかんっていうので、泉佐野市に相談しに行って共催という形を持っていった。それで「GO」を出してくれた泉佐野市がすごいよね。
倉垣:やっぱどっかでこうリスク感じたりで、「ちょっと……」っていう市が多い中、一歩踏み出してくれるってのは、なんか泉佐野の強さみたいなね。
佛願:はじめは名前だけの共催だったんですけど、地元の方から「市がお金を出せへんのはおかしい」と言ってくれて。観光協会の会長さんが中心となって、ふるさと納税の寄付金の使い道に「りんくう花火」を追加して、そこで貯まったお金を助成していくシステムを作ってくれたということですね。
倉垣:すごい。
佛願:だけど、初めはもう警察からも相手にされへんくて。
倉垣:うん、やっぱそうですよね。
井關:そう。……僕もそうでした。みんなそうですよね。
佛願:花火大会やりたいんですけどもって相談に行っても、「自分ら何の組織?」「市民の団体です」「そのお金あんの?」「いや、今から集めるんですよ」って。もうむちゃくちゃやったから。
井關:うん。
佛願:花火の入った写真、ポスターやチラシ配るのもあかん(だめ)と。
井關:ああ。
佛願:花火大会にはすごい集客力があるから、その警備で事故とか起きたらあかんからっていうので、なかなかそこのハードルは厳しかったですね。で、第1回目も結局、警備計画がうまいこと行かずに、延期という形に。
井關・倉垣:うーん(苦笑)。
佛願:当初の目的「お金」は貯まったんですけども、そこがクリアできなかったんで。

倉垣:ひがよど祭りも、始まる経緯とかは結構似てますよね。何かが始まって、それが花火やった、みたいな。「地元にあった花火大会を復活させよう」っていうまでは、多分似てるエピソードです。
井關:「水都祭」ですね。
倉垣:そう、そう。水都祭っていう花火があって、それも新聞社がやってたやつです。で、行政に頼らずというか。いや、本音は頼りたいですよ、一緒にやりたい!やっぱ行政の協力を得たものでやりたいとはずっと思ってきたけれども、そうならなかったから、頼らずにしか無理だったっていうのがあれかな。で、東淀川っていう区なので、他の区ともやっぱり足並み揃えなあかん中で、区として協力できることはここまでです、みたいな。ポスターの掲示(だけですよ)とかぐらいに最初から言われて。だから頼れるんやったら頼りたいなって、特に最初は思ってたけど、頼らずしかやれなかったっていうのが、どっちかっていうとそんな感じかなと思いますね。
佛願:初め警察は「復活」っていうのに対して「いや、できないでしょ」とか「警備大丈夫なの?」とかは?
倉垣:そう。だから「東淀川祭り」なんですよ。(全面に出るのが「花火」ではない)
佛願:あ、名前を変えてっていう。でも場所は違うの?
倉垣:花火は、キーワード出すな、出すな、出すなって。花火の写真もダメ。打ち上げっていう言葉もダメ。「フィナーレの途中ぐらいか、フィナーレ花火みたい」なんで。だから最初300発とかやったんで。だから、そうです、隠されてましたね。
佛願:うん。
倉垣:それを今はもう、花火の写真ドーン!みたいな。それだけ信用があるから、警察からも許可が出ます。
佛願:実績やね。
倉垣:うん。やっぱり変わってきましたよね。僕らも対応できることも増えたと思いますし、やっぱりある程度(資金を)集めて、ちゃんと安心・安全な運びで進められてるんじゃないかなとは思いますね。

井關:僕ら(くらわんか)はね、行政に頼らずというより、役割分担してるイメージなんですよ。まず1つは、お金という部分は基本的には市のお金は頼らない方向で行こうかなと思ってます。
佛願:ほう!
井關:元々スタートした時に、花火大会の成り立ちとか、僕らだけじゃなくて全国のとか、どうやって継続してるのか、なぜ花火大会がなくなるのか、その理由の1つにやっぱり税金の打ち切りがある。「今年から花火に(公からは)お金入れません」って決まったところが、やはり花火大会中止とか、2年に1回にしますとかっていう意思決定がされてて。やっぱりこのお金と、開催するか否かの意思決定っていうのは結構紐付いてるところが多いなと感じたんで。僕らの住んでる枚方(ひらかた)っていう街は、観光地でもなければ、外から人が来る素材ってやっぱ少ない。
佛願:ひらパーあるやん。
井關:ま、ひらパーはあるんですけど。
倉垣:全・国・区です!
井關:外には「ひらパー」ってめっちゃ言われるんですよ。ただ、ここは、もちろん良い遊園地だし、現存するものでは日本最古の遊園地と言われてるけど、京阪さん(京阪レジャーサービス)が運営してる遊園地で、市民が携われるポイントってやっぱ少ないんですよ。携われなければ、そこに遊びに行くことはできるけれども、作り手にはなり得ないので、町のアイデンティティにはちょっとやっぱりなりにくいっていうのがあって。
倉垣:うーん。
井關:それだったら、何か自分たちの町として誇るものは何かなっていうので、やっぱり過去に数十年やってた「くらわんか花火大会」っていうのがあって、もう1回復活してほしいっていう人たちの声があって。これを復活させた時に、どう継続させていくかっていうのを考えた時に、続けるかどうかを決めるのは僕たち市民だと思って。であれば、税金は入れない方向で行きたいなと。
佛願:おお…。
井關:ただ、やっぱりガッキーが言うように、行政に頼るところは頼らないとできないと思うので。例えば交通規制をどこにかけるんだとか、めっちゃ細かい話、ここポール1個立ってるけど、ここの鍵持ってるのは役所やから、その役所の方に「ここのポールだけ下げてください」とか、行政的なところはやっていただいて。市民に周知するための方法として、広報誌に載せてもらうとか、こういうところでは頼りたいと思って役割分担はしてるようなイメージですね。
倉垣:継続するためのそれぞれの仕事をこなしていって、ですね。
花火大会主催をしてきて、辛かったこと、良かったこと
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開催して辛かった時期はありましたか?
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ボランティア、地域企業、仲間に支えられた瞬間は?
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逆に、これが嬉しいから続けているということは?
佛願:次「1番辛かったのはいつですか?続ける苦労と支えになったものとは」。
井關:じゃあ僕からいいですか?辛かったのは、大きく分けて2つあって。最初も結構しんどかったです。やっぱりこれは当時あったものの復活だったけど、当時主催されてた大先輩たちが大事にしていたものを僕らが今一度大事にできるかっていうのは、すごく難しいところがあって。特に僕、和歌山出身なので、当時の花火を知らないんですよ。そこで、僕たちのことを「絶対花火が復活できない」とか「できたとしても安全にできない」とか、いろんなマイナスの評価はあったんですけど、やっぱりその言葉を聞いた時にはちょっとしんどかった。メンタル的な部分ではしんどかったかなと。ただやっぱり、応援する声が大きかったからやれたっていうのはあります。
倉垣:うん、うん。
井關:でもう1つは、3〜4年前に、資金面で苦労しましてね。当時、1000万円の赤字、500万円の赤字みたいなのが続いた時に、これが毎年続くならかなり辛いなと。やっぱり資金が足りなければメンタルがしんどくなって、「やめてしまおうか」みたいなところもあるんですけど。僕らが1つ糧になってるのは、おそらくですけど、僕ら花火大会の会場として「日本一病院に近い花火大会」 ではなかろうかと思ってるんですよ。
佛願:めっちゃ近いですね、すぐ前(市立ひらかた病院など)にある。
井關:やっぱりそれ、最初はマイナスの要素って言われてたんですよ。「花火が近いから、入院されてる方とか音とか振動とかしんどいんじゃないか?」ってめっちゃ言われたんですけど。今、たくさん問い合わせやメールでいただくのが、「入院されてる方が花火を見て励みになる」みたいな内容なんです。
倉垣:おー。
井關:実行委員会でも共有するんですけど、「誰のために、何のためにやってる花火大会なのか」っていうのは、「くらわんかは病院が日本一近いっていうのもあって、その方たちに僕は届けたい」。少し違法駐車だったり渋滞で迷惑かける部分はあっても、それ以上に「生きてて良かった」というところまで花火を昇華させることで、続けていく意味になるんじゃないかなと思って。辛い部分もあるけど存続させていきたいっていう感じですね。
佛願:なるほど。
倉垣:いいですね。僕も、もちろんお金はやっぱり付き物なんで辛かったなっていうのと。あと、一昨年ぐらいかな、第6回、第7回ぐらい。毎月実行委員会で集まって会議をするんですけど、実行委員が、ツキイチに僕含めて3人とか。
佛願・井關:えー。
倉垣:毎月3人同じ顔合わせて「どうする?」って言ってもう、アイデアも出ないし「とりあえずそのまんまでいきましょ」みたいな。やっぱり仲間がいないわけじゃないですけど。
井關:マンパワーですね。
倉垣:そう。とりあえず開催し続けなあかんので、「これとこれとこれだけは最低限やろう」みたいな。2、3年前のあのタイミングが、今振り返ってもやっぱ辛い、仲間がいなかった時は辛いな、みたいな。十何人とかおったのに、どんどんどんどん出席も減って、みたいな時が辛かったですね。
井關:うん。
倉垣:逆にそれがあったからこそ、今毎月来てくれてるメンバーに支えられてるし、来場者がどんどん増えてきてるんですね。僕よく言うんですけど「勝手にやってる祭り」やと思ってて。僕らが勝手に、誰かに頼まれてるわけじゃないのに、勝手にお金集めて「よし復活させるぞ」ってやってるだけやのに、こんだけその思いに共感してもらってる来場者さんとか地域の方とか、手伝ってくれるボランティアさんや実行委員がおるっていうのが、もうそれだけで救われてますね。
井關:うん、感謝しかないですね。
倉垣:感謝しかないですね。あと、開催終わりに「パパ、綺麗かったよ」っていうLINEが……。
佛願:うわー、娘から?
倉垣:そうですね、娘から「ありがとっ」っていう、あのLINEのためにやってます。はい。
全員:(爆笑)

佛願:2019年に実行委員長やり始めて、毎年これ、毎年危うい。
井關・倉垣:(爆笑)
佛願:怖くて寝られへん!ま、やっぱほんまにメンタルがやられる!!
井關:ああ、まあまあ、そうです。
佛願:ただ、やっぱ花火上がったらね、「またやるか!」っていう。
倉垣:うん。それですよね。
佛願:でもやっぱり1番組織として盛り上がったのが、できるかできへんか分かれへんっていう、第1回目、みんなが夢を追いかけて、いろんな人が手伝ってくれて協力してくれて。「やろうや!」って全然知らない人からも言われて。で、協力してくれて第1回目を迎えました、終わりました、2回目しました「もうできるやろ、自分ら」って。(途端に人が抜けていった)
倉垣:うん、うん。
佛願:もう仲間も去っていき、家庭もあるし。……誰も居れへんな、って。
井關:誰も(笑)。
佛願:まぁ「誰も」はちょっと言いすぎですけどね。継続の難しさっていうのは、結構危うかったですね。で、2023年コロナ禍明けに開催して、赤字やって。その次どうするかっていう、そこかな。
井關:やっぱマンパワーとお金ですよね、基本的に。
倉垣:そう。いや、まあそうですよね。
佛願:良かったのは、ボランティアさん、地域企業、協賛(のお願い)に回った時に、かけられる温かい言葉。「今年も楽しみにしてるで」とか。そういう言葉でもう頑張ろうかって、自分を奮い立たせてるというかね。
井關:そう。
佛願:娘も、ちょうどコロナ禍中に授かって。今5歳で、ある程度もう理解はしてるから。娘と一緒に居れる時間はあるのに。もう、今しかないと思うんですよ、小学校、中学になったら友達とかが優先になってしまうのに。それなのに「パパと居る」っていっても、パパはもう携帯ばっかり、パソコンばっかり、1個も話聞いてくれへんって。
倉垣:ひぃ〜。
佛願:自分何してんやろって、1番大事にせなあかんのは娘ちゃうんかなとか。葛藤やね、そこは。
井關:僕はでも、娘が0歳の頃から(実行委員を)やってるんですけど。今、娘は中1になって。あと3年で高校生。で、「高校生になったら花火の実行委員会に入る」と言ってくれて。
佛願:うわあ!
井關:一緒にやれるのはめちゃくちゃ楽しみですね。
倉垣:いいっすね!!
井關:僕だけじゃなくて、このメンバー今うち80人ぐらいいてるんですけど、このメンバーの子供たちがどんどん入ってきている。2世たちが頑張って、僕ら親世代が抜けていく。子供世代がやっていく。
佛願:それが理想ですね。
井關:うん、3世代、4世代と続いていく。っていうのが僕らの理想ですね。
倉垣:たしかに!来場者の子供とか、去年も来てのにもうこんな大きくなってる!みたいなんあったな、とか。「この子ら、実行委員会に入ってほしいな」とかやっぱ思うのと一緒ですね。ありますよね。
井關:そうねー。

【後編へ続く】
かつてこの街から消えた花火。 今、大阪各地で「市民の力」による復活の火が灯っています。
2026年6月6日、りんくう花火は復活からついに10回目の開催を迎えます。
この節目に、枚方の「くらわんか花火」事務所へ志を同じくする3人のリーダーが集結しました。 彼らが見据えるのは利益ではなく、20年、30年先の子どもたちに繋ぐ「故郷の夜空」です。
規模や場所は違えど、根底にあるのは「市民による復活」への矜持。 イベンターには真似できない、温度のある市民花火の舞台裏と、未来への覚悟を紐解きます。
参加者
【ゲスト】照らせ!ひがよど祭り 実行委員長:倉垣 勝史
【ゲスト】水都くらわんか花火大会 代表理事:井關 拓史
りんくう花火実行委員会 実行委員長:佛願 真浩
参加者
【ゲスト】照らせ!ひがよど祭り 実行委員長:倉垣 勝史
【ゲスト】水都くらわんか花火大会 代表理事:井關 拓史
りんくう花火実行委員会 実行委員長:佛願 真浩
事件
活动当天

ひがよど×くらわんか×りんくう
消えた花火を、再びこの街の誇りに。
〜市民花火三団体代表たちが語る、次世代への決意〜<前編>
りんくう花火(ENJOY!りんくう)
次回の開催日 2026年6月6日(土)
場所 泉佐野市りんくうマーブルビーチ / りんくうプレミアム・アウトレット シーサイドパーク
2026年で第10回を迎える、「子どもに笑顔を」をテーマにした本格的な花火大会です。日本の夕日百選に選ばれたビーチや関空を望む絶好のロケーションで、日本一多くの「スマイル花火」が夜空を彩ります。
水都くらわんか花火大会
かつて淀川で行われていた歴史的な花火を復活させ、枚方・高槻の両岸で開催。前年度に生まれた子どもの数だけ花火を打ち上げるという、命の輝きと地域の未来を祝うコンセプトが多くの共感を呼んでいます。
照らせ!ひがよど祭り
東淀川区を盛り上げるため、住民有志が手作りで作り上げるお祭りです。「照らせ!」の言葉通り、夜空に咲く花火とエコ灯ろうが地域の人々の心を明るく灯し、世代を超えた交流の場を創出しています。

